川根本町民インタビュー

【川根本町民インタビューvol.11】Dineshさん(インド料理シェフ)

「小さい町で働いてみるのも、新しい経験になるのではと考えました」

 

インド タミル・ナードゥ州出身・2020年に移住

 

今回はこの企画が始まって以来初の外国人の町民となる。その名はDinesh(ディネシュ)さん。彼は南インド出身のシェフで、どういうわけか、日本の小さな田舎町である川根本町で本格的な南インドカレーをつくっている。ただし彼のカレーは一般には公開されていない。彼は町内にあるインド系企業の社員食堂専属のシェフなのだ。彼のインタビューを読んでいただく前に、前提となる事情を大まかにお伝えしておきたいと思う。

 

Zoho(ゾーホー)という企業がある。おもにクラウド型の顧客管理システムを扱っており、インドのチェンナイに本社を置く世界的なIT企業だ。日本にも支社(ゾーホージャパン株式会社)がある。設立以来オフィスは横浜に一つだけだったが、10年以上前、時代の潮流もあり、リモートワーク環境を備えたサテライトオフィスを設ける方針が打ち出された。その立地として、幾重もの検討を乗り越え選ばれたのが、ここ川根本町だった。2018年のことだ。当初の建物はすぐに手狭となり、いまは営業していない老舗旅館を改装した建物がオフィスとなっている。かつての客室は会議室や出張者用客室となり、かつての大広間は執務スペースとなった。

 

 

ネットワーク環境などの現実的な条件とは別に、町民の雰囲気が川根本町を選ぶ最後のひと押しとなった。日本の田舎において明らかに異質であるに違いない、IT企業オフィス、しかもインド人社員たちを、多くの町民は温かく迎えた。話を聞く限り、温かいというよりやや熱かったようにも思えるが。せっかく新たな町にオフィスを開くのだ。町とつながり、未知なる発展の可能性に賭けたほうがよいではないか。設立から6年が経ち、町内には日本の田舎に似つかわしくない(もちろんいい意味で)光景があちこちで見られる。町民対象のクリケット教室、夏祭りにおいて盆踊りの前に披露されるタミル語ラップ、インドの本社へ地元の高校生を招待し英語やプログラミングを学んでもらう特別研修。

 

町民とのつきあいという点では順調だったかもしれないが、ひとつ別の問題があった。食事だ。インド人社員はみな南インドで本場のカレーを食べて育ってきたわけだが、ここ川根本町にそんなものはなかったのだ。当初はレシピを町内の飲食店の方にレクチャーし、つくってもらっていたのだが、ついに舌に合うものにはならなかった。カレー無しで生活できるわけがない、ましてや仕事なんて。どうにかしてシェフを雇ってほしい。切実な声が聞こえるようになった。こうして当時東京のインド料理屋でシェフを務めていたDineshさんがヘッドハントされ、川根にやってくることになるわけである。それが2020年1月のことだ。

 

インド人社員の士気を完璧に上昇させた彼のカレーを私も何度かいただいた。とても美味しくて掻きこんでいるうちに、重厚なスパイスの刺激に、身体が火照り、汗が滲みだし、うぶな胃袋は灼かれていった(ここだけの話すこし腹を下した)。それだけ本格的なインドカレーだったということだ。Dineshさんはとても気さくな方で、調理中の厨房も一度見学させていただいた。そのときつくっていたのはランチ用のポテトのカレーだった。といっても朝もカレーで、夜もカレーなのだが。1日3食分のカレーを週6日間つくる。それがDineshさんの仕事だ。さて、縁もゆかりもなかったはずの川根本町でカレーをつくる日々に至るまで、彼はどのような経験を経てきたのだろうか。遠く離れたインドに思いを馳せつつお読みください。

 

※インタビューは、私とDineshさんの間にタミル語・日本語話者のインド人社員をはさみ、通訳していただく形で行った。文章化する際に日本語として読みやすい形にところどころ改めていることをあらかじめご了承ください。

 

 

高校を辞めて、料理の修行をした

 

― まずはお仕事について教えてください。

 

いまは川根本町のゾーホージャパン株式会社で働いている社員のみんなに、インド料理を作っています。本社のある横浜のみなとみらいなら周りにたくさんの店があるけれど、川根本町には飲食店が少ないです。そしてインド人は日本食も食べますが、インド料理の方を好みます。

 

― 川根に来る前、インドにいたころからずっと料理を仕事にしていたんですよね。その経緯を伺いたいです。

 

きっかけは、高校生のころに父が亡くなったことでした。お金がなく、高校で勉強を続けることができませんでした。高校を辞めて、小さな飲食店で働きながら料理を教わりました。お金が必要だったからなのか、料理に興味があったのか、それはよく分かりません。でも南インドのその店で2年間、そして他にもいろいろな店で働いて学ぶうちに、私なりの仕方で料理をつくっていきたいという思いが生まれました。自分の考え方も入れて、料理をつくることを独学しました。それからいままで、インド料理をつくっています。

 

 

― 主にどのようなお店に勤めたのですか?カレーにも大きく分ければ南インドと北インドがあると思いますが。

 

最初は南インドの料理をつくりはじめました。南インドが地元ですから。ティルチラーパッリというところです。国際空港や有名なお寺もあり、人が多いところです。

 

そのあとは北インドへ移動して、ニューデリーの有名なホテルのレストランに勤めました。そこでつくっていたのも南インドのカレーです。北インド料理もつくることはできますが、そちらは北インド出身の人が主につくっていました。

 

― 南と北のカレーの違いはたとえばどこにあるんですか?

 

違いは油です。南インドでは、ごま油とピーナッツオイル。北はマスタードオイルとサラダ油。その違いで味も変わります。

 

北インドではおもにトマトを利用したカレーがたくさんあります。南インドではココナッツを利用したカレーがたくさんあります。あと北インド人はチャパティが好きです。お米は食べません。カレーも少しマイルド。南インドではお米と一緒に食べます。カレーはちょっとスパイシーです。

 

― カレーを食べる習慣はどうですか?

 

週末は家族と時間を過ごすことができるので、そのときはチキンなどのカレーを作って食べます。南インドでは平日はベジタリアン料理が多いです。カレーもトマトやポテトを利用したものを食べます。

 

 

インドから日本へ、東京から川根へ

 

― ニューデリーから日本に来るのにはどういうきっかけがあったんですか?

 

東京の六本木にはインド料理屋がたくさんあります。そのうちの一つの店のオーナーがニューデリーにやってきて私を誘いました。とても有名なレストランでした。六本木では3年間シェフとして働きました。

 

― インドを去って日本で働くことにするのはとても大きい決断だったと思うのですが。

 

インドで働くことは、それはそれで満足の行くものでした。でもそのころ、新しい経験を得たいと思ったんです。新しい場所に行って、そこで多くの方とやりとりして、その人たちが料理についてどのように考えているのかを知りたいと思いました。それで東京に行くことにしたんです。

 

ただ、その六本木のインド料理屋では、使われる言葉がヒンディー語で、日本語を学ぶ機会がありませんでした。日本語や日本のことについて詳しく知りたいという思いがあり、別のムンバイレストランに移りました。

 

 

― その後ゾーホーで働くことになるんですか?

 

2020年の1月から川根本町のゾーホーにやってきました。もともとゾーホージャパンの社員の一人と知り合いで、シェフの募集があることをその方が紹介してくれました。

 

東京のような場所だったら、インド料理屋がたくさんあります。そこでは北インドと南インドのカレーどちらも出来る人を探しています。しかしゾーホーではおもに南インド人が働いているので、南インドのカレーをつくることを求められました。

 

― 東京から川根への移動もまた大きく環境の変わることですよね。同じ日本ではあれ、都会から田舎、レストランから会社の食堂へと。

 

東京では5年くらい働きました。東京は人も多く、多くの料理をつくる機会がありました。でも川根本町のような小さい町で働いてみたら、それもまた新しい経験になるのではと考えたんです。

 

 

Dineshさんの川根暮らし

 

― 実際のところどうですか?ここで4年間ほど働いてみて。

 

ここではひとりで働いています。東京だったら一つのレストランに数人のシェフがいて、仕事を分担し協力するので、つくりたくない料理をつくらなければならないときもありました。でも、ここだったらひとりなので、判断は自分でできます。たとえばレシピは全部私が決めています。それはとてもポジティブなことです。

 

― ちなみに食材はどこで仕入れているんですか?

 

米やスパイスは本場のものを仕入れています。野菜はすぐそこの魚惣(うおそう。町の小さなスーパーマーケット)で買うことが多いです。

 

 

― 田舎暮らしという点ではいかがですか?

 

自然に囲まれていて、緑の多い場所です。空気もいい。これはとてもいいことです。チェンナイ(ゾーホー本社があるインドの大都市)だったら車も多く、ずいぶん人もいます。チェンナイでもリラックスはできるけれども、うるさいし、暑いです。川根本町だったら、静かなので、自由に散歩がしやすいです。

 

東京のような場所と比較して足りないと思うのは、交通です。ちょっと厳しいと思います。休みがあっても、交通が不便で、街の外に行くことはなかなかできません。

 

― となると休みの日はどこかに出かけたりはあまりしませんか?

 

ステイホームです。ときどき出かけて魚惣のおばちゃんと話すことがあります。日本語はあまり分かりませんけど。

 

― 最後に今後の展望についてお聞かせください。

 

日本で自分のビジネスをしようという考えがあります。自分の店をつくりたいです。インドよりも日本でつくりたい。日本の方が安全ですから。インドに奥さんと二人の娘がいます。これからもっと稼がないといけません。

 

― お話ありがとうございました。応援しています。

 

 

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Contact

ゾーホージャパン株式会社 HP

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(インタビュー・文・写真:佐伯康太



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