川根本町民インタビュー

【川根本町民インタビューvol.6】川口舞子さん(本とおもちゃ てんでんこ 店主)

「その子が、ありのままに、その子らしくいるってだけでいいことなんだよ」 

 

北海道二海郡八雲町出身・2019年に移住

 

沢間という小さな集落の端っこ、生い茂った森との境界に、小さな子どもとその親が集まるひとつの家がある。自宅でも学校でもないその場所の名は「てんでんこ」。中には、知の迷宮のごとき書庫と、子ども心をくすぐる絵本とおもちゃが置かれた遊び場、そしてお弁当やケーキを食べることのできるカフェが入っている。それらは曖昧に仕切られ、曖昧に溶けあってもいる。その空間にはいつも一人の女性がいる。仮にここが店なのであれば店主にあたるであろうその方が、今回お話を伺った川口舞子さんである。

 

わたしは、ときどき一利用者としててんでんこに行く。たいていは書庫の本を借りにいくのだけれど、結局いつも長居してしまう。ついこの前、友人と二人で行ったときなどは、遊び場のエリアで、有史以来のジェンガのベストマッチを繰り広げてしまった。これはもちろんあまり可愛げのない方の光景なわけだけれど、子どもたちもまた、しばしばジェンガや積み木、ボードゲームに興じている。小学5年生になる息子のよっちゃんはポケモンカードが大好きで、ときどき大会が開かれる。そういうとき舞子さんは、ちょっと引いたところから、おもしろがりつつ、やさしく見守っている。夏祭りの盆踊りで見かけた彼女はどんな子どもよりも躍動していて、それはもう手足の関節が引きちぎれんばかりだったけれど。

 

「てんでんこ」という店名は、舞子さんの夫の師でもある室井光広という作家が発行していた文芸誌の題に由来している。もともとは三陸地方で「津波起きたら命てんでんこだ」という形で言われてきた言葉だ。「家族一緒でなくとも、てんでばらばらでも、まず逃げて命を守れ」という教訓として。でも舞子さん夫妻はそこにポジティブな意味を感じとる。「ひとりひとりがばらばらで違っていても、そこに誇りをもって、生きていこう」と。それは一つの信条である。舞子さんはその精神のもと、現在川根本町で子どもと、そして親である大人たちと関わろうとしている。

 

 

専門は子どものこと

 

- いまどんなことをされているんですか?

 

子育て支援、をしています。

 

メインの場所として「本とおもちゃ てんでんこ」。遊び場と図書館をまずつくりたかったんですね。ほんとうはそこを無料で開放して、遊べて本が読める場所だけにしたかった、のが本心なんですが、それだと稼ぎがないぞということで。本とおもちゃを販売して、喫茶店を併設して、売上にしようということで、今の形になりました。

 

それだけだと消極的な感じはするんだけど。でもやっぱり、おもちゃはここで無料で遊べるのもいいけれど、家に帰って、時間が有限でなく、朝から晩まで触っていられる自分のものがあるってなると、もっと継続性をもって遊べるし、本が家にあればいま興味がなくても、明日かもしれないし、一年後かもしれないけど、手に取るチャンスがめぐってくるということで。いい本が近くにあるのはいいことですよね。だから販売もいいことだなと思っています。

 

喫茶店も、子どもを連れてきて、ご飯の時間になったときに千頭まで出かけるしかないとなると、大人はよくても、子どもは、遊びの途中だったりする。無理やり区切らせるのって、子どもの遊びの継続性を考えてもあまりよくない場面もあるから、同じ空間でご飯を済ませてしまえるのはいいなぁと思っています。

 

その他に、子どものことを専門に、というとすごいことをやっているみたいですが、一応専門にしてやっているつもりなので、学校で何かやるときには講師として呼んでもらったり。ちょうど明日も、クリスマスの工作を一緒にやりに行ってきます。あとボードゲームをもって遊びの会を開きに行くこともある。

 

 

国語科教員をしていたころの苦い記憶

 

- 昔、教員をされていたんですよね。

 

そうなんです。中学校の国語科の教員をしていました。22歳で教員になって、3年勤めて、3年育休もらって、1年だけ復帰して。足掛け7年だったかな。

 

そのときに、二度と学校なんて勤めるかと思って辞めたんだけど。

 

- あれ、そういう終わり方だったんですか。

 

正直。だけど、子どものことを考え続けると、学校とは無縁でいられないんだということがわかって。川根本町の学校ならいろんな先生がいて、もっと地域に開かれた学校にしようという思いがみなさんけっこうあって。だからここなら私も学校に関われるかもしれないと思って。

 

- 教員をしていた頃は、それこそ教育ということをする人だったと思うんですけど、いまされていることって、広く言えば教育だとしても、ちょっとまた立場が違うという気がするんですが。

 

やっぱり中学校に勤めていて一番しんどかったのが、授業にかかる比重がすごい大きくて。それ以外のことをやる時間が少なかった。その授業も、教科書が分厚いために、ほんとうは長い時間かけたいという文章があっても、どんどん先に進まなければいけなかった。

 

いい作品が載っているじゃないですか、教科書にも。魯迅の『故郷』とか、ヘルマンヘッセの小説とか。いろんな視点から見て子どもたちと読んでいくことができる。日本語の文法も、論理的な文章も、心情の描写も、そこから学べる。でも教科書だとひとつの文章に長くても六時間くらいしか割り当てることができない。

 

- それはなにか大切なことを伝えられていない感じがあるんですか?

 

そうそんな感じ。子どもたちとなんにも心の底から共有したり、作品読んで感動したりできていないのに、次に行かなきゃいけなくて。そして評価もしなくちゃいけない。

 

- そういえば、このあいだインスタで、舞子さんが怒っていて。

 

あら、なんでしたっけ。

 

- たぶんよっちゃんの国語のテストだと思うんですけど、それに「この文章(小説)を読んで何を学びましたか?」みたいな問題があって。

 

あ、怒っていた。その場その場で一個ずつ力を積み上げていくなんて、もちろんそうなのかもしれないけど、力がつかないことだってあるじゃんねえ。人間、グラフがあったら上ったり下りたりしながらじわじわ上がっていくもんじゃないですか。

 

- 当時は何が伝えられていない感じがしたんですか?

 

何かを伝えたいというか、ひとりひとりとじっくり付き合う時間がなかった、という感じなのかな。

 

ほんっとに、いまだに思い出して、胸がキュッとするのは、学校に朝お腹痛くなってなかなか来れない子に、自分はうまく対応できなかったなあっていう。余裕がなくて、早く来なさいばかり言ったり。その子の悪いことばっかり目について、親に連絡して、親は悪いことばっかり報告されるから嫌な気持ちにもなっただろうし。その子が、ありのままに、その子らしくいるってだけでいいことなんだよ、っていうことを何も伝えられてなかったんじゃないかなぁって。

 

で、これが辞職の決め手となったかはよく覚えていないんですけど、よっちゃんを妊娠したときに、当時校長だった西村さんという方に報告したら、第一声、「めでたいんだか、めでたくないんだか」と言ったんです。そのときはあんまりピンとこなかったんです、女性の権利とか。いまほど言われていたことでもなかったし。でもあとあと考えたらひどい言葉ですよね。それで、ほんとうに、やめてよかった。と。


 

子どもを信じても大丈夫ということ

 

- 舞子さんの言うありのままって、どういう状態のことなんでしょう?

 

ありのままの姿っていうのはですね。特定の何かを勉強したり、覚えたりしなくてもいいと思っているんですよ、私は。読み書きくらいはできないと生きていけないだろと言われると思うんですけど、そのへんのことって何かしていれば自然と覚えるんですよね。

 

うちの子だと、トーマスを好きだった時期に、図鑑を見まくってカタカナを覚えたんですよね。次はウルトラマン図鑑で、そこで漢字を覚えた。最初に書けるようになった漢字は「怪獣」じゃないかな。書き順は無茶苦茶なんですけど。

 

それを見ているうちに、そんなもんだなって。必要なことは絶対自然に覚えていくだろうなって。

 

- それはおもに自分の子どもを見ていて。

 

そうですね。子育ては大きいかな。

 

だからみんなが一律に学ばなければならないことはそんなに多くないし、仮にあったとしても絶対どこかで覚えるから、大丈夫、とりあえず大丈夫、と思っていて。そういう風に何かを学んだり、感じたり、そうしながら進んでいくわけじゃないですか。それがありのままに生きるっていうことかなと思うんです。

 

最近けっこう気になるのが、田舎で選択肢が少ないからか、子どもがかなり小さいうちから習いごとについて考えているお母さんが多い気がするんです。習いごとが悪だとは言わないけれど、子どもがやりたいとも言っていないのに「なんか習いごとさせないとね」って。「なんかってなんですか?」って思うわけですよ。

 

- そう考えると、子育て支援をしようと思ったら、大人・親支援をしなければいけないのかなぁと思うんですが。

 

正解!ほんとうにそのとおりで。まず断っておきたいのが、子どもはまったく悪くないんですよ。大人が、邪魔して芽を摘み取ったり、関係ないもの与えたり、集中しているところに声をかけてみたり。そうやって集中力のない感じにしてしまう、ということが多いんですよね。なにか子どもについて困っていることがあれば、100パーセント大人の問題だと思っています。

 

- 子どもは完全に善なんですね。

 

そう、そうなんですよ。完全に善で。だから大人との対話がほんとうに大事なんです。

 

 

舞子さんの子ども時代

 

- 舞子さんは幼いころどういう遊びをしていたんですか?

 

親が共働きだったので、放課後はおばあちゃんちに帰っていたんですよ。おばあちゃんとお喋りしたり、テレビ見たり、おやつ食べたり。おじいちゃんが習字の先生をやっていたので、それを習ったり。友だちとは、ほとんど遊んでいなくて。

 

- おもちゃとか絵本に触れていた時間も長かったんですか?

 

おもちゃはほとんどなかったです。絵本はたくさんありました。てんでんこにある絵本の半分は実家から来ておりますので。母親が大の絵本好きで。

 

- やっぱり親も教育系の仕事だったんですか?

 

父はずっと教員でした。母は学校の事務職員。

 

いま思えば、親は子育てのことにすごい興味があったと思うんですよ。でも自分たちが忙しかったから、あんまりそういうことについて話す時間はなく、大人になったんだけど。

 

川根に来たとき、子育て支援を、どこか施設に勤めるのではなく自分でやろうと思ったのには、ひとつにはそれがあって。自分の子どもと過ごす時間をきちんと取りたかったんですよね。

 

 

早とちりの移住

 

- 北海道の出身ですよね。どうして川根に?

 

よっちゃんが3歳のときに旅行しにきてたんですよ。トーマスを見に。トーマス図鑑の最後のページに大井川鐡道が載っていましてね。引っ越したのは、よっちゃんが6歳のとき。

 

- 子どもを育てるにはいい環境だと思われたんですか?

 

いや、早とちりをしたんですね。北海道にいるころから、梅干しをつくったり、干し柿をつくったり、季節の手仕事をするのに憧れがあって。でも北海道では、そういう果物も、遅れて出るか、無いかで。わざわざ梅を和歌山から取り寄せて漬けたりしてました。

 

なんだかあほくさいじゃないですか。季節の手仕事って、その土地で育ったものでするから意味がある。土地で育ったものを食べて、だんだん土地の身体になっていく。よっちゃんが小学1年生になる前にはそうしてあげた方がいい気がしてね。

 

で、川根に旅行をしたら、梅の樹とかたくさんあったから。あそこなら梅の樹あったよ!ということで。

 

- ええっと、、、和歌山行けばいいじゃないですか。

 

いやぁ、そうなんですよね。そんなこんなで早とちりしまして。でも役場が移住促進をとても丁寧にやってくれたこともあって、空き家バンクで隣り同士の二つの物件が見つかり、引っ越すことになったんです。

 

そのときは引っ越すことばかりで、何の仕事をするか考えてなくて。でも夫が「マイちゃんは独立して、自営として子育て支援の何かをやったらいいと思う」って。家を買ったあとに聞いたんだけど、昔からそう思っていたそうで。家の改修を経て、2年前にてんでんこを開きました。

 

 

子どもの居場所がある地域をつくる

 

- 最近、きりんの会というものをつくったじゃないですか。あれはどういう経緯と意図でつくられたんですか?(きりんの会:子どもたちの居場所をつくるべく、舞子さんと、町内で子育てをする板谷信吾・知加さん夫妻とが立ち上げた会)

 

知加さんと子どもに関わる話をしていて、息が合うんですよね。ある日、「いい映画があるんだけど自主上映できるかな」と声をかけてもらって。それで、上映会だけじゃなくて、子ども会みたいなものをつくって、子育て世代に楽しいことをしていけたらいいなと。

 

名前はきりんの生態から取りました。きりんは、子育てをするときに群れの中に保育所みたいなものをつくって、複数の大人で複数の子どもを見るんですって。わたしたちの理想も、地域の大人が、地域の子どもみんなを見るというものだから。互いに迷惑をかけることもあるけど、それは迷惑じゃなくて、お互い様でしょうと思える地域であってほしいから。

 

- なるほど。最後にこれからの展望を教えてください。

 

たとえば、ただの土曜日に、ただてんでんこで遊ぶ。2時間も3時間もだらだら店にいると、別の親子がやってきて、遊びに変化が出る。初めて会ったのに外に出て鬼ごっこするとか。きっちり決めて与えたときよりも、そういう素朴な、でも思いもよらなかった変化や深化が起こるんです。けっきょく自分が好きなのってそっちだなって。ぱっと見ぼさっとしているかもしれないけど、最後にやっぱりよかったじゃんと思えるような。

 

地域の大人みんなが、子どもそれぞれがありのままの興味・姿で育っていくことを、認める雰囲気であってほしい。そういう、てんでんこな精神で、他人から遅れたり抜きんでることをおびえたりしないでいいじゃんと思える地域になっていけるように、ひとりひとりにそういう言葉がけをしていきたいなと思っています。

 

- 応援しています。お話ありがとうございました。

 

 

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(インタビュー・文・写真:佐伯康太

 

※前回のインタビュー

板谷信吾さん(デイサービスみずかわ 施設長)

「自分がなりたい姿のために頑張るのも自分らしさに入ってくると思うんだよね」

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